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岡山地方裁判所 昭和59年(行ウ)1号 判決

岡山市白石311番地の1

原告

三木宏章

右訴訟代理人弁護士

山崎博幸

豊田秀男

嘉松喜佐夫

関康雄

石田正也

岡山市伊福町4丁目5番38号

被告

岡山西税務署長 小野匡

右指定代理人

吉川愼一

外7名

主文

一  被告が昭和56年3月10日付けで原告の昭和53年分の所得税についてした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち,総所得金額7,806,614円を超える部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は,これを50分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和56年3月10日付けで原告の昭和52年分ないし昭和54年分の所得税についてした各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分(ただし,昭和54年分についてはいずれも審査裁決による一部取消後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は,配管工事業を営む者であるが,昭和52年分ないし昭和54年分の各所得税に関して原告のした各確定申告,これに対する被告の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び各過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい,本件各更正処分と合わせて「本件各処分」という。),これに対する原告の異議申立て及び審査請求,これについての異議決定及び裁決の経緯はそれぞれ別表一に記載のとおりである。

2  原告の昭和52年分ないし昭和54年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得は,いずれも確定申告のとおりであるから,本件各処分(ただし,いずれも裁決により維持された部分をいう。以下同じ。)には,いずれも原告の所得を過大に認定した違法がある。よって,原告は,本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  推計の必要性について

原告から提出された本件各係争年分の確定申告書には収入金額,必要経費の額の記載がなく,所得計算の内容が不明であったことから,被告は,原告の右申告額が正しいかどうかを確認するため,昭和55年5月21日以降再三にわたり被告所部係官を原告方に赴かせ,実地に調査を行わせた。被告所部係官が実額調査を行うべく,事業所得に関する帳簿書類等を提出するよう要求したのに対し,原告は,調査理由を明らかにせよ,納税者の許可なく反面調査をした,勝手に調べて更正でも何でもしてくれ等と主張してこれに応じなかった。そこで,被告は,実額による原告の事業所得金額を算定することができなかったので,やむをえず原告の取引先に対する調査により判明した原告の本件各係争年分の収入金額を基礎に事業所得金額を推計により算出し,本件各処分をしたものである。

2  事業所得金額の算出(推計の合理性)について

原告の本件各係争年分の所得金額の計算内訳は,別表二の各年分欄に記載のとおりであり,その算出根拠は次のとおりである。

(一) 収入金額 各係争年分とも調査により実額を把握したものであり,その額は別表二の①の各年分欄に記載のとおりである。その取引先別の明細は別表三の各年分欄に記載のとおりである。

(二) 算出所得金額 被告は,原告の住所地を所轄する岡山西税務署管内において該当する類似同業者が僅少であったため,被告及び近隣の各税務署長が,昭和60年12月16日に広島国税局長により発せられた通達に従い,本件各係争年分(昭和52年1月1日から昭和54年12月31日まで)を通じて原告と同業の水道衛生工事業を営む個人業者で,青色申告書により所得税の確定申告をしている者であり,昭和52年分の収入金額が11,944,310円以上47,777,240円以下の範囲内にあり,昭和53年分の収入金額が19,025,080円以上76,100,320円以下の範囲内にあり,昭和54年分の収入金額が15,259,745円以上61,38,980円以下の範囲内にあり,市の指名業者になっておらず,かつ給料及び外注費の支払のある者(ただし,材料の支給を受けて労務の提供を主体とする者,当該各年の中途において開廃業,休業又は業態を変更した者,更正処分又は賦課決定処分が行われた者のうち,国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者並びに不服申立て中又は訴訟係属中の者を除く。)を対象として,それらの者に関する所得税の青色申告に係る決算(ただし,調査を行った者については調査結果)に基づき各年分の収入金額,売上原価(原材料費),経費及び算出所得金額並びに所得率を報告した結果により,類似同業者A,B,C,Dを抽出したうえ,各年分ごとに,別表四の一ないし三に記載のとおり,右同業者の収入金額に対する算出所得金額の割合の平均値(小数点四位以下切捨て。以下「平均所得率」という。)を求め,これをそれぞれ(一)の原告の各年分の収入金額に乗じて,別表二の③の各年分欄の算出所得金額を算出した。

(三) 事業専従者控除額 別表二の④の各年分欄に記載のとおりである。

(四) 事業所得金額 別表二の⑤の各年分欄に記載のとおりであり,昭和52,54年分は(二)の算出所得金額から(三)の事業専従者控除額を控除した金額であり,昭和53年分は(二)の算出所得金額と同額である。

3  以上によれば,原告の本件各係争年分の事業所得金額は,昭和52年分につき3,876,062円,昭和53年分につき8,294,934円,昭和54年分につき6,283,768円となるが,被告の行った本件各更正処分は,いずれも右金額の範囲内で行われているから,本件各処分はいずれも適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張2のうち,(一)の収入金額については別表三の「その他」欄記載の金額を除き認め,「その他」欄記載の金額は否認し,(三)の事業専従者控除額は認め,その余は争う。

2  同3は争う。

五  原告の反論(実額の主張)

1  本件各処分の審査裁決により実額として認定された必要経費の額については,本訴においてもそのまま認定されるべきであって,原告において,これを証明する原始記録その他の書類を提出してその明細を明らかにする必要はない。

2(一)  原告の売上原価(原材料費)については,昭和52年分は審査裁決により認定された9,226,942円のほかに,楢村設備株式会社に70,000円株式会社至道工業所に415,150円,米田設備工業株式会社に359,990円,有限会社根岸工務店に324,960円,松本安建設に5,000円,瀬戸内パンにおける工事の際に4,700円の合計1,179,800円をそれぞれ原材料費として支払っており,これらも合わせて計上されるべきであるから,総合計10,406,742円となる。また,昭和53年分は審査裁決により認定された13,317,423円のほかに,楢村設備株式会社に763,000円,株式会社至道工業所に95,710円,丸陽設備株式会社に300,000円,後藤商事に16,300円,旭塗料株式会社に2,000円の合計1,177,010円をそれぞれ同様に支払っており,これらも合わせて計上されるべきであるから,総合計14,494,433円となる。さらに,昭和54年分は審査裁決により認定された7,653,004円のほかに,楢村設備株式会社に1,386,000円,株式会社至道工業所に208,920円,和光設備工業所に228,200円の合計1,823,120円をそれぞれ同様に支払っており,これらも合わせて計上されるべきであるから,総合計9,476,124円となる。

(二)  原告の支払った給料,賞与については,昭和52年分は,三木孝清に2,587,500円,羽村恭一,加藤一二三に各2,337,500円,宮本貞治に2,167,500円の合計9,430,000円をそれぞれ給料,賞与として支払っている。また,昭和53年分は,三木孝清に2,850,000円,羽村,宮本,加藤に各2,660,000円の合計10,830,000円をそれぞれ同様に支払っている。さらに,昭和54年分は,三木孝清に3,084,000円,羽村,宮本,加藤に各2,810,000円の合計11,514,000円をそれぞれ同様に支払っている。したがって,右各金額が実額として計上されるべきである。

(三)  外注費については,審査裁決により認定されたとおり,昭和52年分は491,500円,昭和53年分は4,669,330円,昭和54年分は3,893,540円がそれぞれ実額として計上されるべきである。

(四)  減価償却費については,審査裁決により認定されたとおり,昭和52年分は266,400円,昭和53年分は211,800円,昭和54年分は255,600円がそれぞれ実額として計上されるべきである。

(五)  その他の必要経費については,昭和52年分は2,237,172円,昭和53年分は2,621,292円,昭和54年分は2,759,760円がそれぞれ実額として計上されるべきである。

六  原告の反論に対する認否及び被告の再反論

1  原告の反論は争う。

2  本件各処分に対する審査裁決は,収入金額及び支出金額について原告自身が後日一括記載したメモ書を主体として,本件各係争年分の収入金額及び支出金額を計算したものだと称する「損益計算書」に依拠しているが,本訴において原告による実額の主張を立証するためには本件各係争年分の所得計算が可能な原始記録が全て提出されることが不可欠である。しかし,原告は,本件各係争年分の所得計算が可能な原始記録を全て提出しているわけではないから,原告の右主張は理由がない。

第三証拠

本件記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は,当事者間に争いがない。

二  そこで,本件名係争年分の原告の事業所得について判断する。

1  推計課税の必要性について

被告の主張1の事実は,原告において明らかに争わないから,これを自白したものとみなすべく,同事実によれば,被告が本件各処分をするに当たり,原告の所得金額を実額で把握することは不可能であったということができるから,原告の本件各係争年分の所得金額を推計の方法により算出する必要があったというべきである。

2  事業所得金額の算出(推計の合理性)について

(一)  被告は,本訴において,被告が実額により把握した本件各係争年分の収入金額に原告の類似同業者の平均所得率を率じてその所得金額を推計すべき旨主張するところ,一定の事業を営む者の所得金額を実額によって把握することができない場合には,類似同業者は同種の経費を支出するのを通常とすることから,右方法(同業者比率法)を用いて右事業者の所得金額を推計することは,合理性があるというべきである。

(二)  別表三に記載の原告の本件各係争年分の収入金額については,「その他」欄記載の収入金額を除き当事者間に争いがない。そこで右「その他」欄記載の収入金額が同表のそれ以外の収入金額とは別個の新たな原告の収入金額といえるか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第1号証,証人米田満の証言により成立を認める乙第4ないし第6号証,右証言,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,右「その他」欄記載の収入金額は本件各処分の審査裁決においては同表のそれ以外の収入金額と別個の収入金額とはされていなかったのであるが,本訴が提起された後,調査当時広島国税局直税部国税訟務官室の国税実査官であり,本訴の指定代理人に選任されていた米田満(以下「米田」という。)は,昭和60年5月22日,27日の2回にわたって,当時原告の預金口座として使用されていた香川相互銀行岡山南支店の原告名義の普通預金口座(口座番号704698)及び岡山市民信用金庫福島支店の三木孝清名義の普通預金口座(口座番号102224)のうち主として入金状況を調査し,その調査結果と被告が本件各処分をするに当たって行った反面調査の結果把握した取引先からの入金状況(同表のそれ以外の収入金額は右入金状況に基づき把握されたものであり,これが本件各処分の審査裁決において収入金額と認定されたものである。)とを対比して,一般に事業を営む者がその売上げを入金する預金口座を開設している場合,右事業により200,000円以上の収入があったときは,右口座に入金せず手元で現金のまま保管しておくことはあまりないとの考え方を前提に,原告の右各口座に入金された200,000円以上の金員のうち,その入金日よりさかのぼって一週間以内にそれに対応する右把握した取引先からの入金がないものを,収入先は不明であるものの,把握した取引先からの収入金額,すなわち同表のそれ以外の収入金額とは別個の新たな収入金額と判断したものであり,これが右「その他」欄記載の収入金額であること,また,本件各係争年分においては原告の世帯には原告の配管工事業による収入しかなく,したがって,右各口座には右収入以外の収入が入金されることはなかったことが認められる。しかしながら,本訴においては,被告の右反面調査の結果の全容を明らかにするに足りる証拠が提出されていないので,右反面調査の結果把握される取引先からの入金状況と右各口座の入金状況を十分に対比することができないのみならず,事業を営む者がその売上げを入金する預金口座を開設している場合,右事業により200,000円以上の収入があったときに一週間以上右口座に入金せず手元に保管しておくことはあまりないと言えなくはないとしても必ず一週間以内に預金口座に入金すると断定することまではできないはずであり,本件全証拠によっても,原告において必ず右のようにしていたと認めることはできず,かえって,原告はその本人尋問において,自己が取引先からの収入があった場合,一週間以内に入金するときもしないときもあってその取扱いは定まっていなかった旨供述しているのであるから,右「その他」欄記載の収入金額を右把握した取引先からの収入金額,すなわち同表のそれ以外の収入金額とは別個の新たな収入金額と断定するにはなお立証が十分ではないというべきである。したがって,右「その他」欄記載の収入金額が同表のそれ以外の収入金額とは別個の新たな原告の収入金額とみることはできない。

そうすると,原告の収入金額は,昭和52年分は別表三の合計欄記載の金額のとおりの23,888,620円,昭和53年分は合計欄記載の金額から「その他」欄記載の金額を控除した35,810,160円,昭和54年分は合計欄記載の金額から「その他」欄記載の金額を控除した27,559,490円となる。

(三)  被告による類似同業者の選定及び平均所得率の算出について検討する。

(1) 原告が個人で配管工事業を営む者であることは前記一でみたとおり当事者間に争いがなく,これに,前掲甲第1号証,証人米田満の証言,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を合わせれば,原告は,本件各係争年分を通じて水道配管工事業(水道衛生工事業)を営んでおり,給料及び外注費の支払があり,市の指名業者となっておらず,材料の支給を受けて労務の提供を主体とする者でないことが認められる。そして,成立に争いのない乙第1号証,証人米田満の証言及びこれにより成立を認める乙第2号証の1ないし12,第3号証の1ないし8によれば,被告は原告の住所地を所轄する岡山西税務署管内において該当する類似同業者が少なかったために広島国税局長の一般通達に基づき,(ア)岡山西税務署及びその近隣の税務署(岡山東,瀬戸,西大寺,倉敷,玉島,児島,玉野)管内に事業所を有すること,(イ)水道衛生工事業を営む者であること,(ウ)個人業者であること,(エ)本件各係争年分を通じて事業を継続して営んでいること,(オ)本件各係争年分を通じて青色申告書により所得税の確定申告をしていること,(カ)その収入金額が本件各係争年分を通じて被告の主張する原告の収入金額の2分の1以上2倍以下の範囲内にあること,すなわち昭和52年分の収入金額が11,944,310円以上47,777,240円以下,昭和53年分の収入金額が19,025,080円以上76,100,320円以下,昭和54年分の収入金額が15,259,745円以上61,038,980円以下の各範囲内にあること,(キ)給料及び外注費の支払があること,(ク)市の指名業者となっていないこと,(ケ)材料の支給を受けて労務の提供を主体とする者でないこと,(コ)当該各年の中途において開廃業,休業又は業態を変更した者でないこと,(サ)更正処分又は賦課決定処分が行われた者のうち,国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者並びに不服申立て中又は訴訟係属中の者でないことの各条件を満たす者を機械的に抽出したところ,4名(被告の主張2の(二)記載のA,B,C,D)が存在し,その各年分の収入金額,算出所得金額及び平均所得率を算出したところ(なお,算出所得金額は,右同業者のうち減価償却の計算を定率法で行っている者又は租税特別措置法の規定による割増償却を選択している者については,これを定額法又は普通償却に改めて計算し,さらに,右同業者の建物に係る減価償却費,地代,家賃,利子割引料及び貸倒金を必要経費に算入せず,また右同業者の給料及び賃金については,事業専従者給与のうち,配偶者を除く専従者に係る給与を一般従業員のそれに含めて計算し,原告の所得計算に合致するよう修正を加えたものである。),別表四の1ないし3のとおりとなったこと,また,右同業者のうち調査の結果既に本件各係争年分を通じて原告と業態が同一であることが確認済みであった1名を除く3名につき,国税実査官である米田が実施に調査した結果,本件各係争年分を通じて原告と業態が同一であることを確認したことが認められ,右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 右認定の事実によれば,右の同業者A,B,C,Dはいずれも原告の事業所所在地の近隣に事業所を有する実在の同業者であることが明らかである。

なお,前記2で認定したとおり原告の収入金額は,昭和53年分及び昭和54年分については被告の主張と異なりそれぞれ35,810,160円及び27,559,490円となるから,同業者はその収入金額が原告の収入金額の2分の1以上2倍以下の範囲内にあること,すなわち昭和53年分は17,905,080円以上71,620,320円以下,昭和54年分は13,779,745円以上55,118,980円以下の各範囲内にある者から抽出するほうが望ましいと言えなくはないが,事業規模の類似性を確保するためには厳密にその収入金額が納税者本人の収入金額の2分の1以上2倍以下の範囲内にある者を同業者として選定しなければならない論理的根拠はなく,おおむね右範囲内にある者を選定すれば足りると解されるところ,被告の設定した条件でもおおむね原告の収入金額の2分の1以上2倍以下の範囲内にある者を抽出したということができ(被告の設定した条件では昭和53年分は原告の収入金額0.531以上2.125以下,昭和54年分は原告の収入金額の0.553以上2.214以下の各範囲内にある者から抽出したことになる。),また,右の同業者A,B,C,Dの昭和53年分及び昭和54年分の収入金額はいずれも原告の収入金額の2分の1以上2倍以下の範囲内にあるから,この点が右推計の合理性を左右するものではない。また,右の同業者A,B,C,Dの昭和53年分における算出所得率は,最高0.2976から最低0.1395までばらつきがあるが,右認定のとおり本件各係争年分を通じてこれらの業態は同一であることが確認されているのであって,各同業者の算出所得率にはある程度の偏差を伴うのが通常であり,これらを平均化する以上,この程度の偏差は許容されるということができ,この点も右推計の合理性を左右するものではない。さらに,原告の業態においては,被告が同業者を選定する際に使用した前記各条件を充足しておれば同業者の類似性を確保できるというべきであり,右各条件の他に従業員数までをその条件に加えなければ同業者の類似性を確保できないものとは解されないから,被告が従業員数を条件として採用しなかった点も右推計の合理性を左右するものではない。

そうすると,右の同業者A,B,C,Dの抽出基準には合理性があって,その抽出過程にも被告の恣意が介在したことを疑わせる事情は存在せず,かつ,右同業者が青色申告者であることから,その収入金額,経費額等の計数の正確性は担保されており,また,4名という数も同業者の個別性を平均化するに足りるものということができる。

(3) そこで,前記の本件各係争年分の原告の収入金額に前記の各年分の平均所得率をそれぞれ乗ずると,昭和52年分の算出所得金額は4,276,062円,昭和53年分のそれは7,806,614円,昭和54年分のそれは6,035,528円となる。

(4) 事業専従者控除額がそれぞれ別表二の④の各年分欄に記載のとおりであることは,当事者間に争いがない。

そして,前記の本件各係争年分の算出所得金額から,右の事業専従者控除額を控除すると,原告の昭和52年分の事業所得金額は3,876,062円,昭和53年分のそれは7,806,614円,昭和54年分のそれは5,635,528円となる。

3  原告による実額の主張(原告の反論)について

まず,原告は,本件各処分の審査裁決により実額として認定された必要経費(いずれも原告主張に係る本件各係争年分の売上原価(原材料費)の一部,外注費の全部及び減価償却費の全部,並びに昭和53年分及び昭和54年分のその他の必要経費の一部)の額については本訴においてもそのまま認定されるべきである旨主張して,昭和53年分及び昭和54年分のその他の必要経費の額を除きこれを立証すべき原始記録その他の書類を提出しない。

しかしながら,行政処分の審査請求手続と行政処分の取消訴訟手続とは全く別個の手続であって,たとえ本件各処分のように審査請求前置が定められ,これに従って原告が本件各処分の審査裁決を経たうえで本訴提起に至った場合においても,審査裁決の認定を受訴裁判所がそのまま是認しなければならないものではなく,受訴裁判所は,本訴において提出された証拠のみに基づき,審査裁決とは別個独自にこれを認定すべきであるということができる。そして,本件においては,被告による推計の合理性が立証されている以上,原告の所得金額の実額が右推計による金額を下回ることが主張,立証されてはじめて,推計課税を覆す関係にあるということができる。

そうすると,前掲甲第1号証によれば,原告は,本件各処分の審査請求において,本件各係争年分に係る「三木損益計算」と題する書面,売上原価及び外注費を含む必要経費の額を西日本設備株式会社の用紙に記載した資料,請求書控及び領収書等411点,各年分の「取引銀行別,現金入金理由の明細」と題する資料,「損益計算書」並びに「損益計算書内訳書」を提出し,審査裁決においては,右各証拠に基づき,前記のとおり必要経費の額の一部が実額として認定されたことが認められるが,本訴においては,右審査裁決により認定された必要経費の額について,昭和53年分及び昭和54年分のその他の必要経費の額を除きこれを立証すべき原始記録その他の書類を提出しないのであるから,昭和53年分及び昭和54年分のその他の必要経費の額はさておき,これを実額として認定することはできないので,原告の右主張は理由がない。

次に,原告は右審査裁決により認定されなかった必要経費(原告主張に係る本件各係争年分の売上原価(原材料費)の一部)及び実額として認定されずその一部が推計により算出された必要経費(いずれも原告主張に係る本件各係争年分の給料及び賞与並びに昭和52年分のその他の必要経費の全部)の額並びにその一部が実額として認定された昭和53年分及び昭和54年分のその他の必要経費の額につき改めて実額を主張してこれを立証するための書類等を提出しているが,仮に,右主張に係る必要経費の額がそのまま全部認定されたとしても,それだけでは前認定の収入金額と対比すれば,前記推計により算定した事業所得金額を上回る事業所得金額が認定されることになるし,また前記推計は年間の必要経費額を一括推計しているのであるから,仮に必要経費の一部の科目ないしその科目の一部につき実額を認定できたとしても,他の部分につき合理的な推計をなしえない以上,前記推計を覆すことはできないというべきであるから,原告の右主張も理由がない。

そうすると,原告の右実額に関する主張は全て理由がない。

4  まとめ

以上のとおり,原告の本件各係争年分の事業所得金額すなわち総所得金額は,前記2(三)の(4)で認定したとおりであるところ,本件各更正処分における総所得金額,昭和52年分が3,749,266円,昭和53年分が8,031,825円,昭和54年分が5,125,635円であるから,本件各更正処分のうち,昭和52年分及び昭和54年分については右推計による総所得金額が更正処分に係る総所得金額を上回るから適法であり,これに基づいて行なわれた昭和52年分及び昭和54年分についての本件各賦課決定処分も適法であるが,昭和53年分については総所得金額7,806,614円を超える部分は違法であり,また,同年分についての本件賦課決定処分のうち右総所得金額を超える部分に対応する部分も違法である。

三  結論

以上の次第であるから,原告の本訴請求は,本件各処分のうち,昭和53年分について総所得金額7,806,614円を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法89条,92条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石嘉孝 裁判官 安原清蔵 裁判官 中村也寸志)

〈以下省略〉

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